詩集『Bird Man』── 作 tAgzie:Arnold
Léo Armét × Annika Stahl
🎙️ Léo:
詩が空を舞うとき、それは跳躍か、それとも墜落か──今回の『Bird Man』は、読者を高みと深淵のあいだへ連れていく作品だ。Annika、今回の詩、読んでまず何を感じた?
📚 Annika:
率直に言って、これは“飛翔”という言葉に潜む、暴力と祈りの両方を描いた詩だと思ったわ。詩の言葉は軽いけれど、その影はとても重いの。
Show me
子供たちは無邪気に
大人たちは回顧に 僕のもとへ集まる
🎙️ Léo:
冒頭からもう群衆の中に立ってる気がしたよ。“集まる”ってことは、Bird Manはすでに舞台にいるんだ。始まりじゃない、すでに注目の的なんだ。
📚 Annika:
ええ、でも私が感じたのは、あくまで“誰かの記憶の中”のBird Man。子供と大人で視点が二層に分かれていて、その中心にいる彼は、実像ではなく伝説なのよ。
🎙️ Léo:
つまりこのverse自体が“追悼の場面”だってこと?
📚 Annika:
可能性は高いわ。無邪気と回顧、どちらも“現在”の感情じゃないもの。この詩、もしかすると最初から彼はもういないのかもしれない。
Show me
ドラマじゃ主役の ピエロは脇役 僕が本当のヒーロー
🎙️ Léo:
ここ、すごく痛快だけど危うくもある。自分を“本当のヒーロー”と名乗る時点で、誰かに否定されてきた過去が透けて見える。
📚 Annika:
その通り。そしてピエロという存在を“脇役”と切り捨ててるこの視点に、被差別者としての自己像があるのよ。つまり彼はヒーローに“なりたかった”んじゃない。「ならざるを得なかった」の。
🎙️ Léo:
ああ、立場を奪いにいったというより、“生き残るには主役しかなかった”と?
📚 Annika:
そう。それ以外の居場所がなかったのよ。ピエロにもなれず、脇役にもなれず、空中を渡る“唯一の異形”に成るしかなかった。
揺れる2つのブランコの間
華麗に渡る I'm the Bird man
🎙️ Léo:
このverse、視覚的すぎて鳥肌が立つ。誰も支えてない、その一瞬のバランス。“華麗に渡る”とまで言い切るのがもう、命を削る美学だ。
📚 Annika:
しかも「ブランコの“間”」って表現がすごいわよね。安全な足場がない、常に“間”にいる存在。それは演者ではなく、空中の亡霊のようでもある。
🎙️ Léo:
確かに…安定した地面を一度も踏んでない詩だ。Bird Manはずっと、“宙吊りの詩人”なんだな。
Fly 今夜神の地へ
Fly 誰よりも高く
世界中の視線集め空へ
High and high
📚 Annika:
このリフレイン、祝祭と死が同居してるの。“神の地”とは舞台でもあり、もう戻れない場所でもある。
🎙️ Léo:
そう聞くと、この“Fly”ってただの飛翔じゃなくて──飛び降りにも読めるな。
📚 Annika:
そうなの。Bird Manの“飛翔”は、夢じゃなくて決別。社会から、肉体から、名を得る代償としての落下よ。
🎙️ Léo:
するとこの「High and high」は、昇る希望じゃなく、限界を超えてなお昇る狂気?
📚 Annika:
あるいは、“落下の錯覚”とも読めるわ。人は墜ちるときに、高く飛んだ気がするものよ。
Show time
メディアを釘付け
歴史に名を残す
奇跡の I'm the Bird man
🎙️ Léo:
これは2番のAメロにあたる部分だよね。“メディアを釘付け”という表現、まるで自分の存在がメディアによって固定されたような強さがある。
📚 Annika:
ええ、私はむしろ“奇跡”という言葉に着目したわ。ここでの奇跡とは何? 彼が生き延びたこと? 飛んだこと? それとも、詩として残ったこと?
🎙️ Léo:
Bird Manの自己神格化が頂点に達してるようにも見えるね。でもそれは自己陶酔というより、“歴史に名を残す”という渇望の現れだ。
📚 Annika:
そしてその“名”は、物理的な存在じゃなく、“詩”として残る名なのよ。だからここでもう一度、「I'm the Bird man」と宣言してる。まるで詩人としての自己が確定された瞬間みたい。
猛獣使いも 一輪車も
象も熊もピエロも
遥か眼下で 見上げる
指をくわえ
🎙️ Léo:
うわぁ、ここぞというクライマックスの直前に、なんとも風刺的で皮肉な一節が挿入されるんだね。Bird Manが空を飛ぶ裏で、かつて主役だった者たちは“下から見上げている”。
📚 Annika:
それも“指をくわえ”て。つまり、ただの羨望ではなく、“自分には不可能だった”という痛みも含んでいるのよ。これはBird Manが特別なのではなく、“特別であることを強要された”象徴でもある。
🎙️ Léo:
確かに。サーカスの世界の頂点に立つことが、孤立と紙一重だと伝えているようにも感じる。
📚 Annika:
ええ、まさに“天に選ばれた者”ではなく、“孤高を演じ続ける者”としてのBird Manね。
漆黒の闇 照らすライト
彼方に見える パリの灯り
キューの合図 弾む肉体
Oh I'm the Bird man
🎙️ Léo:
このverse…正直、鳥肌が立ったよ。光と闇、遠景のパリと舞台のライト、その対比が一瞬で頭の中に浮かぶ。まるで映画のワンカットを切り取ったみたいだ。
📚 Annika:
そうね。しかも“弾む肉体”という言葉が、この場面をただの視覚的描写じゃなく、質感と鼓動のある瞬間にしているの。観客が見ているのは筋肉の動きだけじゃない、そこに宿る意志と覚悟よ。
🎙️ Léo:
確かに。あの瞬間の彼は、もう舞台の上の一人の演者じゃない。空気を掌握して、次に来る音の奔流を支配している。
📚 Annika:
ええ。そして観客はその圧縮された時間の中で、呼吸を止めてしまう。張り詰めた糸が切れる寸前、鮮烈なギターソロがそれを断ち切る。音が爆発した瞬間、全員が彼と一緒に飛び立つのよ。
Fly 決して帰れぬ地へ
僕は遂に鳥になった
ほんの少し悲鳴を聴いて 空へ
🎙️ Léo:
ここで“遂に鳥になった”と。……でも正直、怖い。
📚 Annika:
怖くて当然。これは変身じゃない、変質=自己の喪失よ。肉体は跳び、観客は悲鳴を上げ、その瞬間、彼は人であることを手放した。
🎙️ Léo:
つまりこの詩は、「飛んだ」のではなく──「人間性を捨てた記録」?
📚 Annika:
ええ、そしてその“捨て方”こそが詩なのよ。Bird Manは飛んだのではなく、詩に成ったの。私たちがこうして彼を語っていること自体が、彼の最期のジャンプの余韻。
詩を読み終えて──対話のあとがき
🎙️ Léo:
Annika、今回のBird Man、あまりに視覚的で鮮やかな分、逆に“読み落とし”が生まれやすい詩だとも思った。言葉が強すぎて、行間に潜んだものが見えなくなるような──そういう読み手の罠について、君ならどう説明する?
📚 Annika:
いい問いね。まさにこの詩は“視覚的な重力”を持ちすぎていて、読者の視線を文字通り空中に縛りつけてしまう。でも重要なのは、そこじゃない。この詩の本質は、“高く飛ぶこと”ではなく、“なぜ飛ばねばならなかったか”なのよ。
🎙️ Léo:
なるほど──“飛翔の動機”を問うべき、ということか。じゃあ改めて聞こう。君にとって、このBird Manは何だった? 一人のアクロバティックな詩人? 殉教者? それとも……?
📚 Annika:
アクロバティックな詩人?、面白いわね(笑)。ただ派手な動きという意味じゃなく、詩の中で危うさと跳躍を同時に抱える存在という響きがあるの
🎙️ Léo:
その響き…少し背筋がゾクッとするな。
📚 Annika:
彼は“詩の亡霊”よ。誰も“本当に飛んだ”人なんて見たことはない。けれど、飛ぼうとした者の詩だけが、いまも空に浮かびつづけている──
📚 Annika:
そしてそれを読むこと、思い出すこと、語り継ぐこと、その一つひとつが、読者自身の“離陸”になり得る。だから詩とは、風でも翼でもなく、“落ちずに済んだ記憶の痕跡”なのよ。
🎙️ Léo:
ありがとう、アニカ。まるで今も空から彼の影が舞い降りてきそうだ。今日も濃い時間だったね。
📚 Annika:
ええ。読後感がこんなに“風”みたいな詩、珍しいわ。ちょっと散歩してくる。パリの空も、今日は軽やかそうだから──
📚 Annika:
(Annika、退出)
Léoのあとがき雑記
🎙️ Léo:
Bird Manは、空を飛ぶことで詩になった。けれど彼の残したものは、空虚でも栄光でもない。それは──見上げる者たちの“首の角度”そのものだったのかもしれない。思い返せば、tAgzieが以前ぽつりと「あの瞬間、観客は全員、首を痛めてもいいと思ってた」と笑いながら語ってくれたことがある。あの言葉には、彼の中にある観客目線と演者目線、両方の感情が凝縮されていた。
次にAnnikaが語るのは、重力すら拒むような、あの一編。詩はまだ終わっていない。むしろ、これからだ。
Léo Armét
フランスの音楽誌『SONARE』特派記者。現場を愛する記者として世界各地のアンダーグラウンド音楽を取材してきた。
tAgzieとはかつてのインタビューで出会い、その言葉に強く惹かれて以後詩集の企画に同行。
詩と音楽の“息づかい”を伝えることを使命とし、読者をその空気ごと連れていく案内人。
Annika Stahl
ドイツ生まれ、パリ在住の日本文学研究者。自身は日本に渡ったことがないが、明治期の詩から現代詩・歌詞に至るまで幅広く研究。
「ことばの構造」「語彙の間にある間合い」を読む力に長け、詩を論理と音律の両側から解剖する。
対話形式では冷静に見えて、実は詩に対して熱く真剣なまなざしを注いでいる。
Notes
本ページの解釈にはフィクションを含み得ますが、歌詞本文そのものは原文のまま(改行・表記を含む)扱います。引用は verse(節)単位です。